イタリア、トスカーナの丘に立つサン・ジミニャーノには、かつておよそ七十二の塔屋敷があったという。高いものは五十メートルにも達し、現在も十四の塔が町の空を細く切り取っている。塔は富裕な家系の誇示であり、争いの時代には防御の建物でもあった。つまり中世の人々にとって、空に近い場所で人間が暮らすという光景は、まったくの空想ではなかった。1
もちろん、ラプンツェルの塔がサン・ジミニャーノの塔をモデルにしたという証拠はない。けれども、イタリアの塔の森を下から見上げるとき、「塔の上の少女」という童話の像が急に身体を持ちはじめる。石の壁はただ絵本の背景ではなくなり、そのなかにいる者を守り、隔て、外の世界を遠く見せる建築になる。
塔には、はじめから矛盾する意味がある。
高い場所は、遠くを見渡すための場所だ。人の群れから離れ、日々の雑事を小さく眺める場所である。そこには達観や精神性の気配がある。しかし、高く登るほど他者から切り離される。塔は孤独のかたちでもある。そして、階段も扉も自分のために用意されていないなら、塔はただちに牢獄となる。
ラプンツェルは世界を最もよく見渡せる場所にいながら、世界に触れられない。
この構図の残酷さは、彼女が闇の地下室に閉じ込められているのではなく、光と風のある高所に置かれていることにある。窓はある。景色もある。歌声は外へ届く。けれども、自分の足で外へ出る道がない。美しい眺めは自由のしるしではなく、自由が欠けていることを毎日あらためて知らせるものになる。
中世の塔を考えるとき、そこにはさらにもう一つの背景がある。死が現代ほど暮らしから隔離されていなかった、という背景である。疫病、飢饉、戦、乳幼児の死、家のなかで行われる看取り。人々は死を好んだわけではないが、死を完全に視界から追い出すことはできなかった。サン・ジミニャーノも一三五三年以後、飢饉と疫病による人口減少を経験した。大聖堂には天国、地獄、最後の審判を描いたフレスコ画が残されている。1
そんな世界で子どもに語られる恐ろしい話は、単なる残酷な娯楽ではなかったのかもしれない。森には入るな。夜に一人で歩くな。知らない者を信用するな。約束を軽んじるな。そうした警告は、説明書のような言葉よりも、「森には魔女がいる」「狼に食われる」という物語のほうが深く記憶に刻まれる。
恐怖は、ときに生き延びるための記憶装置である。
ラプンツェルの物語で魔女は、単純な悪としてだけ読めない。彼女は少女に言う――ここにいれば安全だ、と。実際、外の世界には危険がある。王子は失明し、ラプンツェルは荒野へ追放される。物語は、魔女の恐れが根拠のないものだったとは言わない。世界は本当に危険なのだ。
それでも、二人は世界を選ぶ。
ここにこの物語の深さがある。完全な安全を実現する最も確実な方法は、世界との接触を断つことである。けれども、それは生を保存しても、人生を生きさせることにはならない。塔は究極の安全装置であり、同時に究極の牢獄なのだ。
恋とは、この物語では危険のない救済ではない。傷つく可能性を引き受けて、他者へ向かうことだ。ラプンツェルが塔を出ることは、守られた場所を失うことでもある。しかし彼女はそこで初めて、自分の痛みも選択も、誰かを愛する責任も持つ。
サン・ジミニャーノの塔は、権力と防衛のために建てられた石の建築である。その一方で、私たちの目には、孤独な少女の物語を呼び起こす。高みは、自由に見える。だが高みそのものが自由なのではない。そこから自ら降り、危険のある地上へ歩き出せること――おそらく自由とは、その可能性のことなのだ。