日本を処理可能にしようとする政治家―河野太郎とAI時代の国家
政治家を、その発言の一つひとつや、賛成した政策と反対した政策の一覧だけから理解するのは難しい。むしろ問うべきなのは、その人が国家を何として見ているかである。共同体として見るのか、歴史の継承として見るのか、それとも市場の調整役として見るのか。
河野太郎という政治家を考えるとき、私には別の像が浮かぶ。彼は、日本という国を、長い時間のなかで増築され、複雑になり、どこかではもう目的を見失った巨大なシステムとして見ているのではないか。そして、そのシステムを動くものへ戻そうとしてきたのではないか。
外務、防衛、行政改革、デジタルと、河野氏が担ってきた職務は広い。だが、印鑑、FAX、フロッピーディスク、規制、行政手続き、マイナンバーといった彼の仕事を並べると、関心は意外なほど一つの方向を向いている。それは、制度を制度のまま崇めず、「これはいま、何のためにあるのか」と問い直すことだ。デジタル大臣として法令などに残るアナログ規制の見直しを進めたことも、この姿勢の延長にある。 デジタル大臣を振り返って
彼が嫌っているのは、紙そのものではないだろう。合理的な理由を失っても、前例、所管、慣行という名前で残り続ける仕組みである。ITの比喩を使えば、河野氏がやろうとしているのは、巨大なレガシーシステムとしての「日本」のリファクタリングだ。
この見方に立つと、河野氏のデジタル政策は、便利な行政サービスを増やすという話にとどまらない。所得、年金、税、福祉などの情報が分断されているために、助けを必要とする人が自ら制度を探し、申請し、証明しなければならない。その順序を逆にし、行政が状況を把握して、必要な支援を先に届けられるようにする。彼が掲げた「デジタルセーフティネット」は、その国家像をよく表している。 デジタルセーフティネットの説明
そこでは、国民が申請してから国家が動くのではない。データが兆しを知らせ、国家が先に手を差し出す。市場はできるだけ自由に動かし、その速度についていけない人は、より精密な社会保障が受け止める。これは、業界や団体を通じて利益を配分する旧来の政治とは、かなり異なる発想である。
私はこの構想に、素直に惹かれる部分がある。生活に余裕のない人ほど、制度を読み解き、窓口へ出向き、何度も事情を説明する負担を負いがちだからだ。申請できる人だけが支援にたどり着く社会は、制度として不公平である。国家がもっと早く困難を見つけ、必要な支援を届けられるなら、それは冷たい管理ではなく、ひとつの優しさになりうる。
しかし、ここには微かな、そして無視してはならない危険の匂いもある。
支援を先回りして届ける国家は、同時に、私たちについて多くを知る国家でもある。どの情報を結びつけるのか。誰が「支援が必要だ」と判定するのか。間違ったデータによって不利益を受けた人は、どう異議を申し立てられるのか。デジタル機器を使えない人や、国家に自分の事情を渡したくない人は、どこに立てばよいのか。
効率は、それだけでは倫理にならない。最適化は、何を目的にするかを決めて初めて動く。そして、その目的は決して技術だけでは決められない。行政が人を「処理可能なデータ」として正確に捉えるほど、人の沈黙、ためらい、例外、拒否する権利を制度のなかに残す必要がある。
河野氏の政治の強さは、目的が見えれば古い仕組みを動かそうとする実行力にある。その同じ強さが、ときに合意形成を遅いもの、例外をノイズ、ためらいを抵抗として扱ってしまう危険にもつながりうる。だが政治は、正しい設計を最短距離で実装する仕事だけではない。自分の情報がどう扱われるかを人が理解し、問い、拒み、必要なら決定を覆せる状態を守る仕事でもある。
AI時代、この問題はさらに具体的になる。データが整い、行政が予測し、支援や監査や配分の一部をAIが担うようになれば、国家はこれまで以上に速く、個別に、そして見えにくく判断するようになるだろう。河野氏が長く志向してきたデータ駆動型の行政は、その未来にもっとも自然に接続する構想の一つである。
だから河野太郎氏を、単なる「デジタル推進派」として片づけるべきではない。彼が試みているのは、日本を速くすること以上に、日本を処理可能にすることだ。社会の困難を見つけ、制度をつなぎ、滞りをほどき、必要なところへ資源を届ける国家をつくろうとしている。
その国家は、私たちを助けるかもしれない。同時に、私たちをあまりに上手に把握するかもしれない。
ゆえに問うべきなのは、デジタル化に賛成か反対かではない。国家が私たちを理解するとき、私たちはその国家を理解し、問い返し、止めることができるのか。その往復が保たれるなら、技術は人を支える器になれる。失われるなら、もっとも親切に見えるシステムが、もっとも息苦しい統治へ変わることもある。
河野氏が浮かび上がらせているのは、まさにその分岐点だと思う。